第3回 婚礼芸術写真の話をしよう。

中国で親しくなった人に自宅に招待されるケースがある。その人達が10年前に結婚している人達であればほぼ間違いなく自宅にあるものがある。日本ではあまりお目にかかれないものである。さて何だろうか?

婚礼衣装で撮影した写真パネルが玄関とか居間、寝室に飾ってあるのだ。それもかなり大きなものが。撮影の仕方もシンプルなものではなく、メルヘン的なものとか、ファンタジーの世界に入り込んでしまったような写真だ。日本人では恥ずかしくってとても飾れないものの一つだと思う。

中国の若者が多い地区にはこの婚礼写真館が数多く存在する。土曜日とか日曜日に目抜き通りを歩くと、この婚礼写真館の手配りビラを渡してくれる。私に渡すというのは、金婚式の記念にと言う意味か、子供がいい年であろうから、どうですかという思いなんだろう。

長春にハイデルベルグと言う印刷会社がある。ハイデルベルグという名前は印刷関係者なら直ぐ理解できるのだが、これは世界的に有名なドイツの印刷機メーカーの名称である。良くハイデルベルグ社が名称許可をしたものだと思うが、この会社を見学したときに別会社で婚礼写真館を経営していると言うことで、見学させてもらった。婚礼写真館の名前は吉林省現代経典撮影設計有限公司 Modern Classic Vogue Bride Photography である。社長の鄭さんは吉林省写真家協会の副会長で写真の分野から印刷分野に進出したようだ。このグループ会社の印刷の分野と写真の分野を見てみるとはるかに写真の分野の方が会社の付加価値を創造する事では優れているように思う。

ハイデルベルグ印刷の名前の通りハイデルベルグ社製印刷機は1台と三菱製印刷機1台の体制で、ハイデルベルグ印刷機が有るには有るのだが、たった1台ではハイデルベルグ印刷の名前が泣くのだが。
中国でも日本でもハイデルベルグ印刷機の評価は高く、この機械が導入されていれば、その会社の品質は保証されているようなイメージがある。中国のブランド神話というか、ドイツ製の製品に対する信頼性は高く、印刷会社の顧客信頼度はまずハイデルベルグ社製印刷機を導入しているかどうかで決まると言うことを良く耳にする。だから最初に導入する印刷機はハイデルベルグ、2台目からは日本製という会社も多いのも事実である。ハイデルベルグ製印刷機は確かに良いと思うが、価格の高さ、メンテナンスのサービス体制とその価格など、費用対効果を比べると日本製かなと言う意味で2台目は日本製なんだと思う。

中国に流通している印刷用紙はまだまだ品質も良くなく、悪条件の中ではハイデルベルク印刷機の良さを引き出せないと思っている。
社長の鄭さんは婚礼芸術写真でもうけて、そのもうけを掛け算のできる印刷に投資したのだと思う。撮影・デザインから印刷製本まで一貫生産できる体制を創って、顧客の安心感と利便性も狙っているのだと思う。吉林省現代経典撮影設計有限公司は長春でも賑やかな地域にあり、日本で言うと○○銀座という感じの場所に位置している。4階建てのビルは自社ビルか賃貸か知らないけれど、すべてのフロアーを使用している。

1階は一般的なショールーム、新規顧客の打合せスペース。
2階は大小様々な額・タペストリー・アルバム、レンタル衣装、写真スタジオ

3階はメイク関係、レンタル衣装

4階は写真スタジオ、画像処理室

こんな情況だったと思う。

私は2度見学しているが、いずれも日曜日で新郎新婦、その両親、家族、友人など一杯の人達で賑やかだった。
メイクは一度に5人くらい出来るスペースがあり、それぞれにスタイリストが付いてお化粧をするお化粧は新郎新婦ともするが、圧倒的に時間がかかるのは新婦である。新郎さんは新婦が化粧している間は遠巻きに見ているか、新郎一人のポーズが必要なときには撮影している。新郎の遠巻きを家族関係が見ている。

化粧のことは良く分からないが、素人目に見てもちょっと濃いんじゃないと思う。中国人の女性にこの婚礼芸術写真の話をしていたら、真っ白に塗られて、これが自分だと思えなかったとか、二重まぶたをいじられて別人に写っていたと言うことも聞いたが、メイクのお姉さんはみんな怖そうだし、変だと思っても言えないのかなぁー。「ここではこういうものなのよ。何か文句ある?」という感じなのだが、自己主張の激しい中国人女性もここでは温和しくなってしまう雰囲気が漂っている。本人さん達は非日常の興奮状況にあるのだから、訳の分からないうちに済んでしまうのかもしれない。

撮影風景はブランコに乗ったり、お馬さんに乗ったり、イルカがいたり、お月様がいたりというパターンとヨーロッパ御用達というような重厚な家具の中で撮影するパターンのようで、シンプルな背景は少ない気がする。このへんが婚礼芸術写真たる由縁だと思うのだが、みんながみんなこのパターンで納得するものなのだろうか。どうせ撮影するなら色んなものが一杯入っている方がお得と感じるのか私には良く分からない。

撮影方法もカメラマンがおだてて、笑顔を引き出したり、ハイっこっちを向いて、いいよいいよとか言うのも変わらなかった。この写真館は5年前にデジタルにすべて切り替わり、商品のバリエーションが一気に増えたようだ。中国のインクジェットプリンターの使用方法は日本より使い方が上手いような気がする。これは印刷の成熟度との相関関係があるような気がする。これは日本の印刷が成熟しているのでインクジェットを使用する発想がしにくい事に対し、中国は印刷が成熟していなく、印刷に頼れない分インクジェットの使用方法が上手なような気がした。
日本の写真館で七五三とかお宮参りとかの記念写真はこういうものだと、どこで撮影しても同じように、婚礼芸術写真もこういうものなのかもしれない。これが文化なのだろう。

昼食時に新郎新婦が撮影の合間に二人してソファーに並んで仲睦まじくお弁当を食べていた光景は絵になると思った。二人が非日常的なウエディング衣装を着ながら、日常的なお弁当を仲睦まじく笑いながら食べている風景が、婚礼アルバムの中にあったらいいなぁーと思うのは、私だけではないと思う。

写真館の副総経理の董さんと話していて分かったことだが、ストロボが日本で買うより安いような気がした。もちろん中国製だが、電源部も発光部もしっかり出来ていたように思う。一台買って日本に持って帰れば、中国往復飛行機代はチャラになりそうな価格だった。

インクジェットプリンターは日本のMIMAKI製のようだ。出力環境を見せて欲しかったのだが、結局見ることはかなわなかった。婚礼写真を日本で撮影できても、この後のアルバム作りは結構大変な作業である。何10冊も作る事もないし、2冊くらいが多いのではないか。この作業だけを中国に任せて、必要部数製作してもらっても良いのではないかと思っている。中国に写真関係の会社が進出して今撤退していると言うことも良く聞く。撤退には様々な要素があるのだろうけど、少部数のインクジェット出力と製本に関しては中国に強みがあるように思える。婚礼関係の専門家が見ればどう言うか分からないが、印刷の品質に比べれば、はるかに安心できると印刷関係者の私は思う。

前に美容院の話を書いたが、美容院が中国旅行をかねて、前撮りツアーを企画するというプランもありだと思う。日本で作るアルバム代で中国旅行も出来てしまうのだから。
中国の強い部分でビジネスプランを考えてみる事は、リスクの回避に繋がる。
中国を駄目だ、駄目だという前に中国が本当に強い部分を見てみても良いのではないかと思っている。先日、日本の1冊から本が出来るシステムを調べていましたが、ブログから編集・オンデマンド印刷して1冊の本が出来るシステムとか、写真館・デザイナー・建築会社・設計事務所とかと代理店契約を結んで、婚礼写真・メニュー・新築物件の写真アルバムを1冊から製作してくれる会社もあることがわかりました。2社ともインクジェットプリンターではなくて、オンデマンド印刷機を使用しているようだ。印刷品質はすばらしくて、1冊という小ロットにもかかわらずしっかりした製本が出来ている事に驚いたことと、価格が安くてびっくりしたこと。婚礼写真専門の業者さんなどは、付加価値何十倍という価格体系でされていると思うし、その価格体系はアナログ時代から引き継いだ価格体系であって、デジタルで、この様なシステムを利用すればもの凄い収益構造が出来上がっていることを理解。

日本はオンデマンド印刷機で1冊からのビジネス。
中国はインクジェットプリンターで1冊からのビジネス。
いずれも単体では利益を出しにくいものだが、システムを創造していく事で利益が見えてくる。
日本の強い部分は日本で考えて、中国が強い部分は中国を巻き込んでいければ、ビジネスチャンスはころがっている。

2007年12月